大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和35年(ネ)79号 判決 1960年8月01日

控訴人 原告 鈴木典鋳

訴訟代理人 鈴木正路

被控訴人 被告 名古屋市北区農業委員会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す。別紙目録記載の物件に対し被控訴人のなした売渡決議並びにその進達はこれを取消すとの判決を求めた。

被控訴代表者は、本件控訴を却下する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の主張は左に附加する外原判決事実摘示の通りであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人の主張

一、売渡保留地を耕作者に売渡すには売渡期間経過後において当該土地の状況を調査した上その使用目的の変更を不相当と認めるときに限ることは自作農創設特別措置法(以下自創法という)施行規則第七条の二の三第三項の規定したところである。

しかして如何なる場合に「不相当」であるかはその土地の性質、周囲の状況等客観的見地から決定せられるものであるがその性質上法規裁量であるから何人が見ても長く農地として存続せしめることを相当と認める状況でなければならない。

二、しかして本件土地は、

(1)宅地造成の目的にて耕地整理の行われた土地で、

(2)都心に近く、道路は四通八達し、

(3)人家稠密の度を加えつつあつて

何人が見ても農地とするには不相当な土地である。

それで旧所有者である控訴人は本件土地につき、農地法第八〇条によつて先買権があるので昭和三十四年五月十日農林大臣に対し売払の申請をした。

右売払については農地法第八〇条を基として同法施行令第一七、第一八条に定められ、その手続については同法施行規則第五〇条に定めがあつて農林大臣は売払申請があればその当否を審査した上、これを相当と認めれば農地法第八〇条第一項の認定をした上売払処分をなすべき義務がある。

三、従つて本件土地については右のように控訴人が売払の申請をなしたから農林大臣の前示認定が未だなされないとしても売渡処分は留保すべきである。これを明かにするため農地法第三六条第一項但書は旧所有者と耕作者とが競願をした場合の審査の順序を定めたものと看なければならぬ。

四、しかるに、被控訴人はあえて本件決議をなしたものであつて昭和三十四年四月六日になした決議は右売払の申請前であるから善意と見られても同年九月五日になした決議は右売払の申請後であり、しかも控訴人は同年八月十六日被控訴人に対し右売払の申請をしたことを通知し、農地法第三六条但書の適用を要請したに拘らずこれを無視してなされたものであるから明かに控訴人の権利侵害を認識しながら善管義務を怠つたものであつて不法行為の性質を具有している。

五、農業委員会はその地位権限は全く特殊のもので一般行政庁のように知事、大臣に対し下級庁の関係になく、農地行政の第一線を司り自創法においても農地の買収及び売渡の実権は全く同委員会に帰して知事は床の間の飾り物の観があり、その決議及び進達は間接であるが国民の権利義務に重大な影響を与えるので自創法は右決議に対し異議、訴願を許していた。

六、さて農地法における農業委員会の耕作者への売渡の決議及びその進達は自創法における売渡計画とその進達に当り右決議及び進達は売渡処分の中核をなしていて、

(イ)知事の行う売渡通知書の作成及びその交付の有効条件であり、

(ロ)且つこれを招来する効力を有し、

決議及びその進達が六十日を経過すると知事はこれを自由に変更したり又は却下したりすることはできない(農業委員会に関する法律第三八条)

仮に知事が右決議及びその進達に拘束されないとするも特段の理由がなければこれを自由に変更できず又却下も実際的にはできないからこれを許容し該進達に従つて売渡通知書を作成するであろう。それで右決議及びその進達があつたからには農林大臣は農地法第八〇条第一項の認定をせず控訴人の売払の申請は却下を免れないであろうから本件決議及びその進達は早晩控訴人の権利を侵害するに至るべきことは常識上明らかである。

七、農林大臣のなす右認定の実情は、予め一定の土地を指定して行われるものでなく、旧所有者のなす売払の申請又は当該土地の転用許可を得た者が所有権取得の手段として旧所有者の売払の申請を促がすため(多くの場合は転用許可申請の際旧所有者との間に当該土地につき売買の予約を締結し、その書面を転用事業計画書に添えて申請するのであつて、転用許可は売払処分の前提なのである)になす認定申請によつて行われるもので、何れも個々の売払の申請を相当と認めたときに限つて行われるものである。しかしてこの認定をするには、

(1)当該土地が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とする客観的状況にあること。

(2)その土地の公用、公共用又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要があり、且つその用に供されることが確実であること(農地法施行令第一六条)

を要するのであり(2) の要件は主として当該土地に建設すべき建造物又は施設の態様及びその用途、資金、経営者の社会的地位等に亘るので、その認定を得るためには早くとも一ケ年、遅いものは数年を経ても未だ認定されないものもある。

八、これに反し耕作者への売渡は、

(1)申込者が三反歩以上を耕作していること。

(2)申込土地に共同耕作者がないこと。

を調査する程度で極めて簡単であるから多くの場合半年位で売渡処分を得ることができる。

九、以上の次第で被控訴人のなした本件決議及びその進達は控訴人の売払請求権の行使を侵害するものであるから訴願、訴訟の対象となるものである。

一〇、もつとも農業委員会の耕作者へ売渡すべき決議及びその進達の本質は行政機関の意思決定並びに行政機関内部における機関意思の表示であり真接には国民の権利義務を左右する効力を有しないが、農地法は農業委員会の前示地位、権限及びその決議が国民の権利義務に対し重大な影響を与えること並びに従来の前例を重んじて同法第八五条各号の事項について知事、大臣の処分のみならず農業委員会の議決(決定、裁定、裁決)に対して訴願をなし得る旨を規定したものと解せられ本件決議及びその進達は同法条第四号によつて処分と看做され訴願をなし得るものである。

一一、なお、農地売渡処分のように一連の行為が積重なつて一個の行政処分を形成する場合においては何れの部分に瑕疵があつてもその処分全体の瑕疵となるものであるから瑕疵が重大且つ明白な場合においては最終的段階の行為を待たなくとも前手続が独立して訴訟の対象となるものであり本件の如き決議及びその進達は訴願、訴訟の対象となる瑕疵あること明かである。

一二、控訴人は老齢且つ病身であり死亡すれば最早その相続人が売払を受け得ない(農地法施行令第一八条)関係にもあつて、農地法第八五条第一項第四号に基き本件につき訴願をなしたが三ケ月を経過してもその裁決に接しなかつたので(右訴願は本件の第一審判決後却下の裁決があつた)本訴に及んだ。

被控訴代表者の主張

一、控訴人の知事に対する各訴願は昭和三十五年二月十六日付にて却下の裁決があつた。

二、被控訴人は耕作者から農地法第三七条の規定によつて買受申込があつたので審議の結果同耕作者を農業に精進する見込のある適格者と認めて売渡進達することを議決したもので右売渡決議は売渡に関する意思表示であつて農地法と農林省農地局及び県より通達の農地法関係事務処理要領に基き処理したものであるから何等違法な取扱をしていない。

三、農地法第八五条は同法第三九条の売渡処分を訴願の対象としているが、右売渡進達決議は同法第八五条第一項第四号に該当しないから訴願の対象とならない。

四、控訴人は昭和三十四年五月十日付にて農林大臣宛に農地法施行規則第五〇条に規定する買受申込書を提出したが同年六月一日付にて名古屋農地事務局に廻送され、買受申込に対する手続を指示せられた。しかるにその後控訴人は右指示による手続をなさず同年八月十三日付書面にて被控訴人に対し農地法第八〇条に基く売払申込がしてあるから耕作者からの買受申込に対する決定はこれを留保すべきであると申出でたが農林大臣が右第八〇条の認定をしていない以上同法第三六条により買収農地を耕作者に売渡すべきであり本件売渡を進達することの決議は控訴人の権利を侵害するものでない。

立証として、控訴代理人は甲第一号証の一、二、第二、第三号証を提出し、乙号各証の成立を認め、被控訴代表者は乙第一乃至第三号証を提出し、甲第一号証の一は不知と答え、爾余の甲号各証の成立を認めた。

理由

別紙目録記載の土地は控訴人の所有であつたが昭和二十三年十月二日自創法第三条に基き国に買収されたこと、右土地は同法施行規則第七条の二の三に則り五年間売渡が保留となつたこと、及び被控訴人は控訴人主張の如く右土地の耕作者からの買受の申込に対し売渡の決議をなし愛知県知事に右決議の進達をなしたことは当事者間に争がない。

よつて右決議及びその進達が抗告訴訟の対象となるべきものか否かにつき検討する。

一、行政処分であるか、

右決議は農業委員会たる控訴人の内部的意思決定にすぎず又その進達は同会の右意思決定を県知事に表示するにすぎずして本件土地の旧所有者である控訴人や右土地の耕作人等関係者の権利義務に真接影響を及ぼさないから行政処分でなけい。

二、訴願、訴訟の対象となるか、

右決議及びその進達は自創法の下においては農業委員会の定める売渡計画に該当し、そこではそれについで同計画の公示、県農業委員会の計画の承認を経て知事が売渡処分をなすことになつていて売渡計画に対しては同法第一九条によつて異議、訴願の途が開かれていたが、他方農地法は右公示及び承認の手続を省略し同法第三九条によつて知事は農業委員会から進達された書類の記載するところに従い売渡通知書を作成しこれが交付によつて売渡処分をなすことになつていて右決議及び進達に対して異議、訴願の途を開いていない。

控訴人は農地法第八五条第一項第四号は右決議及びその進達に対しても知事に対し訴願をなし得る旨を定めたものであると主張し、これが理由をいろいろ挙げている。しかしながら買収農地の売払の認定は農林大臣の権限であるから農業委員会は売渡の申込に対しては買収農地の状況如何によりその取扱を異にすべきでないと解せられ又農業委員会の売渡の決議及びその進達は知事の売渡処分の要素となることは肯定せられるも売払の申請があつた場合に農業委員会は右決議及びその進達をなすことを留保すべきものと解すべきでなく更に農林大臣は右決議及びその進達によつて農地法第八〇条の認定を左右せられる筋合でない(実際上は県の農地係と農地事務局との連絡によつて売渡処分か、或いは売払処分か何れかの手続が進められるものと考えられる)ばかりでなく、そもそも右第八五条第一項第四号は知事のなす売渡通知書の交付、すなわち知事の売渡処分に対し農林大臣に訴願をなし得る旨を定めたに止まり本件売渡の決議及びその進達についてまでも訴願を許したものとは到底解することはできず従つて亦右決議及びその進達は抗告訴訟の対象とはならない。

しからば本件売渡の決議及びその進達が訴願、訴訟の対象となることを前提とする本訴は不適法としてこれを却下すべきである。

よつて右と判断を同じくする原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条に則つて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 西川力一 裁判官 渡辺門偉男)

目録

(一)名古屋市北区大野町四丁目八番

一、田七畝六歩

(二)同市同区長喜町三丁目十番

一、田七畝十九歩

(三)同市同区同町二丁目二十四番

一、田三畝十七歩

(四)同市同区天道町五丁目二十九番

一、田五畝十九歩

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例